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予備試験の行方

2014.01.04

 

 新年あけましておめでとうございます。
 今年は、年末から慌ただしく、新年のご挨拶が大変遅れてしまいました。
 どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。

 ところで、昨年末は、本当にいろいろとありましたが、一番警戒しなければならないことは、予備試験の行方です。
 日弁連と法科大学院の中には、予備試験の受験制限をする動きがあります。
 これは絶対に許してはいけない動きだと思います。

 法科大学院志願者・入学者が激減する一方で、予備試験受験生だけが増えています。

 「予備試験を制限しなければ、法科大学院に入学する人がいなくなる。」
 

 このような危機感を抱くことはわからないではありません。
 
 しかし、 だからと言って予備試験受験生を制限する理由にはなりません。
 司法制度改革、もっと言えば、司法制度は、法科大学院のためにあるわけではないからです。

 司法制度をより良くするためには、法曹の給源は多様でなければなりません。
 法科大学院修了者でなければ司法試験を受けられなくなれば、お金持ちか、多額の借金を厭わない人でなければ法曹になることができません。
 四年大学を卒業した人でなければ、法科大学院に入学できず、法曹になることができません。
 法科大学院修了を司法試験の要件にすることは経済的差別・学歴差別にほかなりません。

 そのため予備試験を誰でもが受験できる制度として確保しておくことは、法曹の給源の多様性を確保する上で必要不可欠です。

 また、東京大学の法学部の定員割れに象徴的に現れている通り、法科大学院制度ができて以降、法学部の不人気は顕著です。
 これは、司法試験の受験要件に法科大学院修了要件を原則課しているからではないでしょうか。法科大学院志願者数が右肩下がりで激減する一方で、予備試験受験者数が増加の一途をたどっていることからすると、法曹を目指す人が減っているわけではなく、法科大学院を経て法曹になろうとする人が減っているとしか思えないからです。

 経済的に恵まれない優位な人材が法曹を目指すためには、予備試験に受験制限を設けないことが必要不可欠なのです。

 予備試験に受験制限を設けることは、法科大学院関係者にとって都合の良いことであることはわかりますが、それ以外に何らかの必要性や正義があるとは思えません。

 日弁連は、一体全体誰のための司法制度改革を目指しているのでしょうか。
 
 日弁連は、司法制度をよりよくするために活動しなければならないはずです。

 基本的人権を擁護し、社会正義を実現すべき日弁連が何故法科大学院のために予備試験を制限する活動をしなければならないか私には全くわかりません。
 

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