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必要悪

2009.11.29

 

 「弁護士を過剰に増やすべきではない。」と私が言っていたら、ある会合で、増員論者の弁護士の方から「あらゆる分野に弁護士が存在すること自体は良いことだと思うでしょう?それ自体も否定するの?」と尋ねられました。

 私は、「弁護士があらゆる分野に存在する必要はないと思っています。弁護士バッジをつけているからといって人格者というわけではないでしょう?法的知識を持った人がどの分野にも存在した方が良いというのであれば、弁護士資格を与えるのではなく、法学部の教育を充実させれば良いでしょう。」と申し上げました。

 前にも申し上げましたが、弁護士は両刃の刃で人を傷つける職業でもあります。弁護士資格は悪用する価値があるから、弁護士バッジがインターネットで高値で取引されるのです(もう今は価値が暴落しているかもしれませんが・・・)。

 弁護士が溢れたら、悪徳業者や悪徳企業の方にも弁護士がつくことになります。一般消費者や市民よりも、むしろそちら側につく危険性のほうが高いと言えます。なぜなら、悪徳業者や悪徳企業の方が市民よりも弁護士を使う必要性が高いからです。弁護士の法的知識を悪用して暴利をむさぼることだってできます。経済的にも弁護士を雇うことにおいて有利なのは、社会的・経済的強者の方です。

 まさに規制緩和・市場原理主義の結果する「弱肉強食」の社会がより前進するというわけでです。

 孔子は「子曰、聴訟吾猶人也、必也使無訟乎」(子曰わく、訟えを聴くは、吾猶人のごときなり。必ずや訟え無からしめんか。)と言いました。
 「訟を聴いて是非を定めるという段になっては、誰がやっても結果は似たようなものになる。訴えることを無くしてしまうように努力することこそ大切なのだ」(宮崎市定著「論語の新研究」)という意味だそうです。

 弁護士を増やして何でも法律や裁判で解決する世の中を目指すのではなく、訴訟が無くなるような社会をこそ目指すべきなのではないでしょうか。
 
 弁護士は、あくまでも「必要悪」です。

 弁護士激増政策は、その意味でも間違っています。




 

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